学校へ戻ると18時を過ぎていた。職員玄関で校内用の革靴に履き替える。靴箱を見るとまだ半数以上の職員が残っている。
「あ〜教頭先生、遅くまでお疲れ様です」
「玉井先生。お疲れ様です。」校医の玉井だ。年齢は63歳。いつも白衣をまとっている。ふと不知火と話していた口癖の話が蘇る。
「あ〜いよいよ明日は入学式ですな、新しい一年が始まります。やっぱり校医を長く続けていると1年の始まりは1月1日というよりも入学式あたりの方がしっくりくるようになりますな」
「ええ。その通りですね。身が引き締まります」
「あ〜ところでどちらに行かれてたんです?挨拶回りでしょ?」
「本庁特別支援教育課に行ってまいりました」
「あ〜そうですかそうですか、あそこには不知火君がいますな。お会いになりましたか?」程よく出たお腹を軽く叩きながら微笑む。
「ええ、お会いしました。玉井先生によろしくお伝えくださいということでした」
たまじいと呼んでいたことは伏せた。
「あ〜不知火君、ちょっと癖が強いんですがね。根はとっても優しい人です。不知火君が坂の上特別支援学校で働いていた時はしょっちゅう飲みに行きましたよ」頷いて玉井の話を聞く。
「あ〜不知火君はね、自閉症の実践研究を進めていてね、正確に言えば自閉症は自閉スペクトラム症といった名称に変わっているがね。諸戸教頭先生は自閉スペクトラム症についてご存知でしたかな?」
曖昧に頷く。自閉スペクトラム症は中学校勤務の時から耳にしていた。特定のものへのこだわり行動や予定変更の苦手さ、一方的に自分の話を続けてしまうといった特徴があるようだ。主に対人関係での課題が多くみられる。自閉スペクトラム症はASDとも呼ばれる。実際に担任した子供の中にもASDの診断を受けている子供がいた。その子供は全国の高速道路の乗り口や降り口を全て記憶していた。一方で、急遽時間割が変わるといったことがあるとソワソワして落ち着かなくなった。
「あ〜不知火君が受け持っていた児童もユニークでしたわ。赤まき紙・・・の早口言葉をずっと呟いている子、特定の先生にしか話さない子もいましたね。あとはずっと地球儀を回している子供もいましたな。彼らは元気でやっとりますかな」最後は独り言のように呟く。
「玉井先生明日もどうぞよろしくお願いします。それでは失礼いたします」
「あ〜こちらこそ、そうだそうだ。大谷先生が教頭先生を探しておりました。多分今は体育館にいると思いますが」玉井先生に頭を下げ、直接体育館に向かう。
一旦職員室に戻ろうかと思ったが、暖房が入っていない体育館を訪れる際は上着を着ていた方が何かと良いだろう。(続)
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